パーカーの居たニューヨーク2003年 その2 現在のニューヨーク・ジャズ ニューヨークでの私の一番の楽しみは当然夜のジャズクラブめぐりでした。ただ、滞在5日間の期間では充分にジャズクラブをまわりつくすことは出来ません。今回はグリニッジ・ビレッジの地域に偏りがちなジャズクラブめぐりになりました。 とはいえ前章で述べたようにグリニッジ・ビレッジは1950年代以降大小のジャズクラブが立ち並び、現在も有名ジャズクラブからちょっとしたカフェまで、ジャズの演奏される場が数多くあります。この周辺だけフォローしようとしてもしきれません。 できればハーレム・ブルックリン・アップタウン周辺のクラブや、「Tonic」「Knitting Factory」といった所にも行きたかったところですが、それはまた次の機会ということで・・・。 ■Bill McHenry Quartet (at JAZZ STANDARD) Bill McHenry(ts), Ethan Iverson(p), Reid Anderson(b), Jeff Williams(ds) Sun, November 9, 2003 19:30 116 EAST 27th St. (Gramecy) ライブスケジュール表を見ると錚々たるメンバーが並んでおり、Village VanguardやBirdland、Blue Noteにも引けは取りません。グラマシー地区というあまりジャズクラブのない立地条件で、日本での知名度はいまいちのようですが、目を離すことのできないクラブです。 とはいえ、1セット1時間ちょっとの入替え制なので、1セットだけではライブの醍醐味を充分味わうことは少々難しいです。ビル・マクヘンリーのテナーを充分に味わう前に終わってしまったような気がします。 ただイーサン・アイバーソン作曲のつかみどころのない変拍子のアップテンポ曲で、ひょうひょうとしたテナーに体がこねくり回されるような感覚に浸ることが出来てが気持ちよかったです。最近のジャズメンは皆、変拍子やポリリズムに活路を求めようとしているんだなあという思いを強くしました。 リード・アンダーソンのベースも不思議な安定感があって良かったな~。なぜかアーメッド・アブダリマリクを連想してしまった。 ■Tom Harrell Quintet (at the Village Vanguard) Tom Harrell(tp, Flh), Jimmy Greene(ts), Xavier Davis(p), Ugonna Okegwo(b), Quincy Davis(ds) Sun, November 9, 2003 23:00 178 7th Ave. South at 11th St. (Greenwitch Village) 赤い壁に囲まれた地下への狭い階段をおりて中に入ってみると、三角形のいびつな造りのライブハウスであることがわかります。食事はなくドリンクのみで、雰囲気は新宿ピットインに近いですね。でも新宿ピットインより狭いかも。 予想に反して日本人は2,3名ほどしかみかけなかったです(観光のオフシーズンなのかな?)。でも一番前の席はアジア系のジャズおたくっぽい若者連中でした。 ウェブサイトで事前チケット予約していたのが良かったのか、結構人は入っていたのに前から2番目に空けてあった席に座らせてもらえました。 知ってる人は知っていますが、出演するトム・ハレルには若い頃からの精神的な疾患があって、時には演奏にも影響を与えることがあるそうです。このときも他の人のソロの間、生気のない顔でぴくりともせずに突っ立っていて、見た目は非常につらそうな状態です。ところが自分のソロが来ると、にわかに目の輝きを増して、自分の全てを込めるかのようにラッパに息を吹き込みます。 たしかにあぶなっかしい所もあります。マイク位置が気になるのかソロの途中で楽器を置いてマイクスタンドの高さを性急に無理やり伸ばし始めたり、ソロの途中で唐突にトランペットにミュートをつけ始めたり、それでも音に張りがなくふらつく部分があります。 しかしトム・ハレルには彼にしか吹けない、天国から聞こえてくるようなやさしく美しいメロディがあります。その片鱗は確実にこのライブでも聴くことが出来ました。 それだけで来た甲斐がありました。 ■Tim Berne's Latest Mess (at 55bar) Tim Berne(as), David Torn(g), Craig Taborn(key), Tom Rainey(ds) Mon, November 10, 2003 21:00 55 Christopher St. between 6th & 7th Ave. (Greenwitch Village) 私達のテーブルに同席していたのはロサンジェルスから来た陽気な夫婦、ライブが時間通りに始まらないことにいらいらしていたフランス人のおじさん、ブルックリン在住の黒人のお兄さんでした。ほんとバラバラな客層でした。そのためかここに来てやっと、今ニューヨークに居るんだ、自分が異邦人なんだという実感が湧いてきました。 ティム・バーンのバンドのサウンドは詩的でリズミック。鋭いアルトの音があてどなく彷徨う中、トム・レイニーのドラムがビシビシと複雑怪奇なリズムで煽り立て、聴いてる者の体を理不尽に揺らします。箸で茶碗を叩いているかのような軽やかなスティックさばきです。さらに空間を埋め尽くすクレイグ・ティーボーンのキーボードの音が脳幹を刺激して、もうたまりません。 ニューヨーク気分とバンドのサウンドをたっぷり堪能させてもらいました。 ■Kurt Rosenwinkel Group (at Fat Cat) Kurt Rosenwinkel(g), Joshua Redman(ts), Aaron Goldbarg(p), Joe Martin(b), Ali Jackson(ds) Tue, November 11, 2003 22:00 & Web, November 12, 2003 22:00 75 Christopher St. 7th Ave. (Greenwitch Village) ほかのメンバーが当日までわからなかったのですが、意外やサックスがジョシュア・レッドマン。 ファット・キャットは、この夏に閉店してすでに伝説的な存在になろうとしているライブハウス「Smalls」の同オーナーが経営する姉妹店です。本来はビリヤード場なのですが、ライブも提供しているそうです。 地下1階の店へのビルの階段を降りてもライブの音楽は聞こえてきません。店の奥には人気のないビリヤード台や卓球台がいくつかあるだけで静まり返っており、どこにもライブをしている気配がありません。 カウンターの傍でのんびりとチェスをしているお兄さんがいるので「ライブを聴きに来たんですけど・・」と尋ねると「ああ、15ドルね」と言われました。飲み物を選ぶとカウンターの奥にある目立たない扉を指差されました。 扉を開けるとがらがらのビリヤード場とは対照的な熱気、55バー同様の混み具合のライブルームです。近くの学生達でしょうか、ここは若い人達が圧倒的に多いです。室内には椅子の他にいくつもボロソファーが置いてあります。プレイヤーの近くで前のめりになって熱心に演奏を聴いている者もいれば、後方でソファーにダラ~ともたれかかり実にリラックスして聴いているやんちゃそうな青年もいます。その各人各様のライブの聴き様が、生きたライブハウスの雰囲気をかもしだしていて、最高です。 私も最初は立ち見でしたが、次セットで客が空いてきたらソファーに寝そべって聴いたり、プレイヤーのそばに寄ってじっくり聴いたり、楽しませてもらいました。いや~、実にいいライブハウスです。 ライブの内容は凄いものでした。来てよかった! 朝もやを照りつける太陽のようなカートのギターの音に私の頭の中は真っ白になりました。私がカートの好きな所はその現代的なサウンドの根底が確実にバップに支えられているところです。その骨太な構築に支えられているギターにアップテンポで猛烈に弾きまくられると、こちらの体も宙吊りになったような感覚に陥ります。 カート自身もひざを曲げ体をゆらゆら上下させながら、遠慮呵責のないビ・バップの場に踏み込もうとしているかのような緊張感のある面持ちでした。 ところでテナーのジョシュア・レッドマンですが、私はこの人の大脳新皮質から奥に踏み込んでこないような演奏がいつももどかしいのですが、サイドマンで参加したこの時は、緊張感のある場の中で、土俵際に追い込まれたようにピリピリとした切迫感のある良い演奏をしていました。 ■Dave Holland Quintet (at BIRDLAND) Dave Holland(b), Chris Potter(ts, ss), Robin Eubanks(tb),Steve Nelson(vib), Nate Smith(ds) Wed, November 12, 2003 21:00 315 W.44th St. between 8th & 9th Ave. (Midtown West) 壁にチャーリー・パーカーの写真が飾ってあったり、店の軒に「The Jazz Corner of The World .. Charlie Parker」と書いてあったり、思いのほかここがチャーリー・パーカーの店なのだということをアピールしているようです。 非常にこわもてのイメージのあったデイブ・ホランドですが、実際目の前にするといつもニコニコと微笑んでいて実にやさしそうな雰囲気です。芯のあるベースを弾きながら、暖かい目でメンバーの演奏を見守っていました。基本的にはハード・バップの範疇の演奏ですが、ピアノの代わりにヴァイブを入れているせいか、各人が熱いソロをしていても全体のサウンドは実にクール。 私の目当てはクリス・ポッターだったのですがあまりバリバリ吹く出番がなくて残念。 ■WAIL: The Music of Bud Powell (at JAZZ STANDARD) Greg Osby(as), Steve Bernstein(tp), Uri Caine(p), Dwayne Burno(b), Billy Drummond(ds) Tue, November 13, 2003 19:30 & 21:30 116 EAST 27th St. (Gramecy) 2回目のジャズ・スタンダード。一癖ありそうなメンバーのそろったバド・パウエルのトリビュートバンドですが、皆きちんとスーツを着込んで正統なビ・バップ・スタイルの演奏をしてました。バド・パウエルの「Wail」も演奏していましたよ。ユリ・ケインも予想に反してパウエル流のバップピアノを弾いていました。しかし、全体的には期待に反して不完全燃焼の結果に終わってしました。 当日が4日間のライブの初日だったということが影響しているのでしょうか。テーマの吹奏からしてフロント陣が思い切り吹いておらず、どこか頼りなさげ。ソロになっても、さすがと思うようなフレーズを吹くのですが、どこかこじんまりとした印象を受けます。リミットいっぱいに吹こうという迫力が伝わってきません。 私の目当てはグレッグ・オズビーでして、オズビーがバップの権化と化した愛聴盤「Banned in New York」にサインをもらったのですが、このときの演奏のようにはいかなかったようです。次はオズビー自身のバンドを聴いてみたいものです。 ■The Jerome Sabbagh Quartet (at Cornelia Street Cafe) Jerome Sabbagh(ts), Ben Monder(g), unknown(b), Ted Poor(ds) Tue, November 13, 2003 21:00 29 Cornelia St. (Greenwitch Village) ビリヤード場のあるファット・キャットもそうでしたが、純粋にジャズだけ提供しているわけではないような店で凄いメンバーが出演しているところに、ニューヨークの懐の深さを感じます。というよりも、アートや娯楽を総合的に提供していて、その一部としてジャズのライブを提供しているというスタンスの店が多いというべきなのでしょうか。 店の客はなんとなく東欧系の顔立ちをした人が多かったような気がします。この中で私は完全な異邦人でした。 ここでの目当てはベン・モンダーのギター。宝石が次々とこぼれるような透度の高い音色にうっとりします。ときどきノイジーな音色にも切り替えるのですが、なぜか静謐なイメージなのが不思議です。ライブスペースの雰囲気は落ち着いて知的な空気に満ちていました。その空気にギターの音色が違和感なく溶けていきます。 グリニッジ・ビレッジのイメージを象徴する風景だな~と思いました。 前の店のライブが押して2曲しか演奏を聴くことができませんでしたが、店の雰囲気とギターの音色の余韻を噛みしめつつ、今回のニューヨーク最後の夜を終えることができました。 ■ライブを堪能して ニューヨークのライブを堪能して、各人様々なスタイルを自覚的に選択しているという印象を受けました。自分なりのスタイルを模索するのももちろんよし、新主流派的な演奏や純ハード・バップのスタイルを選択してもよし、フリー・ジャズをやってもよし、ビ・バップをやってもよし。各時代ごとに成熟してきた各スタイルが、今は横一線に並んでいる状況のようで、何を選択しても許されます。 また、今まで先鋭的なスタイルで演奏しているミュージシャンが、ある時はコテコテのビ・バップをやっていても不思議ではない状況のようです。 ところで、チャーリー・パーカーの語法をもろに受け継いだ演奏は、今回は見られませんでした(行った場所が限られていたせいかもしれませんが)。ビ・バップのスタイルの演奏の中でも別の語法が複雑に入り組んだ演奏でした。そういう意味で、横一線に並んだスタイルの中での純チャーリー・パーカーのスタイルを選択する人は、ひょっとして今は数少ないのかもしれません。 しかし、チャーリー・パーカーの生み出したサウンドは、「ジャズのスタイル」というよりも、そのスタイル・語法によって存分に引き出された躍動的快楽や緊張感などの「ジャズの要素」に集約されていったことのほうが重要だと、私は思います。その要素は確実に各スタイルの下層部を形成していて、どのようなスタイルであれ、その要素の濃さによってジャズとしての演奏の良し悪し、気持ちよさが決まっていたような気がします。そういう意味で今でも、バードは生きていると思います。 日本に戻ってきて、各ライブで演奏されたフレーズは全く覚えていませんが、ライブの場の空気や緊張感、体が揺さぶられるような感触は、今も体に焼き付いているように思います。 いや~、よかった! 2003.11.29 よういち
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