「Bird 2000」トークセッション第3回 三浦 和三郎 氏
~パーカーコレクターの喜びと悩み~
どうも、皆さんこんばんは。大変な紹介のされかたをして恐縮なんですが、あの~、まあパーカー好きですから、ノコノコとこういうところに出てきて、ちょっとおはなしをさせていただくわけですけど。一応チャーリー・パーカー協会の事務局長ということで、そういう役割でお仕事をさせていただいておりますが、今日は1時にこちらに参りまして、なにもしないでただくたびれて、大汗をかいている状態なんですが。
パーカーとの出会い 私がジャズを聴き始めたのは、やはり後藤さんと同じように40年ほど前ですね。若干歳も違いますんで、私のころはアート・ブレイキーですとかキャノンボール・アダレイそれからホレス・シルバー、そういうライブを聴いて非常に喜んでた。
三浦 和三郎氏 語る
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で、パーカーとの出会いというのは、その5年後ですね。35年前になりますが、北海道に私居たものですから、とある小さな町のジャズ喫茶で聴いたヴァーブのウィズ・ストリングスでした。曲名はちょっと覚えてなかったんですが、「え~、これがパーカー?」っていう感じで聴いた記憶があります。
まあそれから、いわゆるジャズ・レコードの世界で「幻の名盤」っていうブームが起こりまして、かなり高価なレコードがオークションで入札されて人気を呼んだという時代があったんですが、そのころに私相当海外のオークションに参加して、幻の名盤をどんどん買い漁っていた。まあ、先ほど(辻バード)会長のおっしゃったように貧乏サラリーマンのくせにですね、銀行からお金を借りてまで買い集めたと。そういう時代がちょっとありまして、いつのまにか気がつきましたらパーカーのレコードばかり集めてまして、一番最初ヴァーブのウィズ・ストリングスを聴いたんですが、特にパーカーの難しさとかはそういうことはあまり感じなくて非常に聴きやすい曲だったんですね。ですからまあそういうものにのめりこんでいったんでしょうけども、そのあとに聴いて、いわゆる驚愕の、驚愕というか非常に感激したレコードがマッセイ・ホールの1953年の5月15日。トロントのマッセイ・ホールで演奏したライブですね。あそこにポスターがかかっておりますけども。そのときのライブを聴いて非常に驚きまして、パーカーの素晴らしさはライブにあるな、ということでライブを中心にず~と聴いてきたんですが。
まあいつのまにか・・・、私は神奈川に住んでおりまして、賃貸の小さなマンションなものですから入れられるスペースが限られますんで、たんなるもの集めにすぎないんですけども、パーカーばっかりが集まってきて、どんどん処分しなければ入らない状態になってきまして、まあ、たまたま気がついたらパーカーのレコードしかなかったという状態になってました。
パーカーコレクション披露 まああの、珍しいものというのは結構手に入っているんですが、特に今日皆さんにちょっとお見せしたいのが、1947年の9月27日ですね。これはカーネギー・ホールでライブ録音されたものなんですが、いわゆる海賊版でSPがでたんですね。その演奏会の直後に海賊版のSPがでまして、店頭に並んだんですが当局のお達しでですね「そういうものを販売しちゃいかん」ということですぐ引っ込められたという話なんです。ですから市場に出回っている枚数としては非常に少ないんです。
3枚組みのSPなんですが、レコード会社がきちんと出したものでないんで認知されてないSPレコードなわけです。それを私がなんとか認知しようということで、こういうアルバムを自分で作りまして(自作アルバムジャケットを披露)、これは有名なブラック・デュースというレーベルでございます。これは3枚セットで販売されたSPなんですが、一般的にいわれるアルバムに比べて非常に丈夫な箱に入れて、私の棚に鎮座しております。ちょっとこういうジャケット類をつくるのも趣味の一つなんですが・・・これは世界で一つしかありませんね。
それからいわゆるSP盤のオリジナルアルバムという形では、さきほど後藤さんがご紹介しましたダイヤル・レーベルですね。これはこういうアルバムに入って販売されたものですが(ダイヤルのSP盤アルバムを披露)これは3枚入っております。それで私もダイヤル・コレクションというものにちょっと夢中になってまして、SP盤、番号でいうと1059番まであるんですが、これはパーカー以外もあるんですが、いわゆるパーカーの後見人のロス・ラッセルが作ったレーベルなんですが、これのSP・LPコレクションのコンプリートコレクションを目指しておりまして、ほぼテスト版も含めてだいたい一通り集まったかな?ただロス・ラッセルという人は、パーカーのSPを発売したときに、その一度出したものが売切れてしまうと、別のテイクをカップリングして出しているわけですね。ですから同じ番号で2種類、3種類のSPがあるわけです。ですからそれを探してくるのにも気が遠くなるぐらい大変なことなんですね。まあ、まだまだ手にしていないものもありますんで。
ダイヤル・レーベル SP盤
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それでせっかく海外のオークションなどで集めたものがですね、実際に日本に、私の手元へやってくる際に割れちゃうものがありましてね、最後はこんな形になってこういうセンターレーベルだけとってあるというような状態です(レコードがすっかり割れてセンターレーベルだけが残ったものを披露)。
それからもう一つですね辻会長からぜひ紹介してくれといわれて持ってきたのが、16インチのトランスクリプションですね、放送用のレコードなんです。これは、瀬川先生が今月のスイングジャーナルで「BeBop
into Cool」というCD紹介でですね、このトランスクリプションをくわしく紹介しております。これが40センチ(16インチ)のトランスクリプションというものですね(AFRSトランスクリプションを披露)。これはAFRSというアメリカ軍の放送用のレコードですね。この時はジュビリー・ショーからのものですから、これしか音源はなかったわけですね。これがいまCDにもなっておりますけれども。このなかに一曲だけ「Shaw
'Naff」という曲が入っております。1945年の12月25日の録音ですね。パーカー・ガレスピーのコンビです。
AFRS トランスクリプション(この直後辻会長、盤を落としそうになる)
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それから瀬川先生の紹介していた、今月のスイングジャーナルにかかれております「Voice
of America」、これも16インチのトランスクリプションですが、これの64番、残念ながら私は63番というこの片割れをもっておりません。これも・・・何年でしたっけ、あがっちゃって覚えてません。すいません(※1)。
門外不出の音源披露 ちょっと時間がないので先に進ませていただきます。
そして先ほど辻会長から紹介していただきました'49年2月11日のJATPのカーネギー・ホールのコンサートです。これは私が勝手にジャケットを作りまして、門外不出のこれしかないCDなんですが、入手先を明らかにしないということとコピーをしないという約束で手に入れたものなんです。
このときはJATPのセッションですからメンバーはいつものとおりなんですが、珍しいのはファッツ・ナバロが入っているということ。このファッツ・ナバロのトランペットが非常にいいんですね。
で、メンバーをちょっと紹介しますとファッツ・ナバロのトランペット、トミー・タークのトロンボーン、ソニー・クリスとチャーリー・パーカーのアルトサックス、フリップ・フィリップスのテナーサックス、ハンク・ジョーンズのピアノ、レイ・ブラウンのベース、それからシェリー・マンのドラムですね。シェリー・マンというのはなかなかこのときわかんなかったんですね。たまたまダウンビートを調べていたらこのときのセッションはシェリー・マンだということがわかったわけです。
このなかの「Leap Here」という曲をちょっと聴いていただきますが、ソロの順番がフリップ・フィリップスのテナー、トミー・タークのトロンボーン、そのあとにアルトが入る、そのあとにファッツ・ナバロのトランペット、ファッツ・ナバロをはさんで次にまたアルトサックス、そしてピアノのソロと、11分ぐらいの長い曲なんですが(アルトサックスで)先に出てくるのが誰か、パーカーがどちらか、その辺をちょっと聴いていただければと思います。
(会場に「Leap Here」が流れる※2)
※1 おそらく1949年12月24日とおもわれる。
※2 その場で実際聴いたところ、おそらく最初のアルトサックスのソロがパーカーとおもわれる。
2000年11月25日「Bird 2000」トークセッションより
2001. 2.20編集:よういち
資料・写真提供:辻バード氏
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